ライセンスを受けた大学へのインセンティブ(還元)について
アカデミアの研究者などは、スタートアップを立ち上げて、そこに大学から知財を譲渡又は貸与してもらうケースが多いと思います。今回は、知財ライセンスを受けた大学に対するインセンティブ(還元)をテーマに考察します。
ライセンスに係る取り決めはSUの生命線でもあります。交渉前からライフサイエンス領域でのライセンシングに詳しい弁護士に入ってもらうことをお勧めします。
- 職務発明
- アカデミアの研究者等の場合、職務規定等により、自身の発明は職務発明となり、権利者が所属機関となるケースがほとんどだと思います。まずは所属機関の職務又は知財に関する規定を確認してください。
- shokumuhatsumeiseido.pdf
- 知財財産のライセンス
- 大学が保有する特許等の知的財産を、スタートアップ(SU)が使えるようにするには、大学からSUに該当知財の権利を譲渡または貸与(ライセンス)してもらいます。
- 対価としては、現金での支払い、あるいは株式又は新株予約権を付与する方法があります。最近のトレンドとしては、先行する欧米にならい新株予約権の付与が増えています。
- 用語の定義
- 知財のライセンスに関しては、様々な用語が出てきますが、ライセンス料とロイヤリティを理解しておくとよいでしょう。ただし、実際には他にも呼び方があったり、ライセンス料とロイヤリティも混同して使われることがありますので、あくまで一般的な使い方程度で留めましょう。重要なことは、ライセンスの対価として大学にどのくらい割り当てたらよいか、そして、契約書内で必ず用語の定義を明確にして契約当事者が誤解しないようにすることです。
- ライセンス料
- 定義:簡単に言えば使用料です。主に知財が対象ですが、製品や技術も対象になることもあります。特徴
- 一括払いが多い(アップフロントフィー)。
- 開発進捗に応じて支払う マイルストーン料も含まれることがある。
- マイルストーン料:大学からライセンスを受けた技術や特許の開発が、契約で定めた「特定の節目(マイルストーン)」に到達したときに支払う追加料金のこと
- 製品の売上とは直接連動しない。
- 実施権が独占(専用実施権)か、非独占(通常実施権)かでも料率が変わる。
- 目的:権利付与の対価、契約成立の証、大学側のリスク回収。
- 事例:Yale大学のスタートアップライセンス
- Yaleでは、スタートアップ企業向け特別ライセンスとして、ライセンス契約時に一括で支払いする仕組みに加えて、インセンティブとして企業の株式(3~5%相当)を大学が取得する形を採用しています。したがって、マイルストーン料やロイヤリティは設定されず、契約締結時の権利付与と株式取得で完結する構造です。 Yale Startup Licenses | Yale Ventures
- 「ライセンスの対価」
- 非常に抽象的ですが、包括的な対価という意味で、ライセンス料だけでなく、ロイヤリティも含む場合があります。
- 「実施料」
- 特許の使用料です。英語ではライセンス料(license fee)となりますが、日本で使う実施率の対象は知財、主に特許となります。これは、知的財産法で出てくる実施権から派生した言葉です。
- 参考までに特許権に対する実施料率については、経産省からデータが出ています。資料ではロイヤリティ率と記載されていますが、知財に対象を限定しているので実施料率と読み替えてよいです。バイオテクノロジーの平均は6.2%と最も高くなっています。知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書 ~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~(METI/経済産業省)
- 定義:簡単に言えば使用料です。主に知財が対象ですが、製品や技術も対象になることもあります。特徴
- ロイヤリティ(Royalty)
- 定義:ライセンスされた特許や技術を使って製品を販売した際、その売上や利益に応じて支払う対価。売上などに応じて継続的に支払う場合、ランニングロイヤリティと言います。
- サブライセンス先の売上に対しても、パススルーで大学に支払われる場合があります。
- 目的:大学が技術の商業化成功に応じて収益を得る仕組み。
- バイオ医薬分野では、ライセンス契約の約86%がマイルストーン支払いを含み、さらに、65%以上が売上連動のロイヤリティを含んでいます。 多くの契約が、契約時の前払い(Upfront)+開発・承認・商業化の節目ごとにマイルストーン料+市場販売後のロイヤリティという複合構造を採用しています。A formula for drug licensing deals
- 一方、案件により、ロイヤリティを設定せず、ライセンス料のみの場合もあります。例えば、SUが特許を大学から一括で買い取る場合や、ソフトウェアなど一定期間の使用料として払うライセンス契約、管理が面倒なため、ライセンス料に含めてしまう場合などです。
- ロイヤリティ料率
- 25%ルール
- 25%ルール、ゴールドシャイダーの原則と呼ばれるものがあります。これは、製品の「営業利益」の25%をロイヤリティとして支払うというものです。
- あくまで経験則に基づくもので、「利益率は製品ごとに違うため合理性がない」ということで、過去の判例で否定されています。(Uniloc USA, Inc. v. Microsoft Corp. (2011年1月4日判決))
- 現在侵害時の賠償額算定では、ジョージア・パシフィック要因(Georgia-Pacific Factors)などが使われていますが、いずれにしても本来は賠償額算定時に使われるものであるため、あくまで参考程度に認識しておきましょう。
- 参照
- ロイヤリティ率については、過去のディール事例のデータベースを持っている民間調査会社や非営利団体などがあります。
- 上記のような資料では、フェーズが上がるにつれて対売上レートが高くなるよう設定されています。
- Early Stage: 1% - 3% 基礎研究や非臨床段階。製品化までの道のりが遠く、リスクが高いため、ライセンサーの取り分は低く設定されます。
- Phase I / II: 3% - 8% ヒトでの安全性や有効性が確認され始める段階。ここでのライセンス成立が最も多く、相場の基準となります。
- Phase III / Marketed: 8% - 15% 承認直前または承認後。投資リスクが低く、確実に収益が見込めるため、料率は跳ね上がります。
- 対象
- そもそもロイヤリティ率を乗じる対象を売上としたり、営業利益、あるいは純利益とするなど、実際には様々です。相手との力関係、SU自社での開発のエフォート具合等を勘案し、ロイヤリティ率だけでなく、対象を何にするかでも調整することができるわけです。
- 25%ルール
- サブライセンス(Sublicense)
- 意味:ライセンスを受けた企業(SU)が、さらに第三者にその権利を再度ライセンスすることです。
- イメージ:大学 → SU → 大手企業(サブライセンシー)
- ポイント:大学はサブライセンス収入の一部を受け取る契約をすることが多い。
- サブライセンス収入分配の3つの構造
- サブライセンス収入分配の方法として主に下記3つがあり、これらを単独または複数併用する場合があります。
- 固定配分(Allocation)
- サブライセンシーから受け取るすべての支払いの一定割合を大学に分配。
- 利点:シンプルで悪用されにくい。
- 欠点:割合設定が難しく、技術価値と投資価値のバランスが課題。
- 階層的配分(Tiered Allocation)
- 商業化前と後で異なる割合を設定。
- 利点:初期段階でライセンシーの資金調達を支援し、希薄化を抑制。
- 欠点:複雑な交渉が必要。
- パススルー(Pass-Through)
- サブライセンシーの売上に基づくロイヤリティを大学に転嫁。
- 課題:ロイヤリティ率の設定次第で大学の取り分が減る可能性。
- サブライセンス収入の大学への分配
- スタートアップが受け取る収益(一時金・マイルストン)の「10%〜25%」程度を大学へ分配(還流)するのが標準的です。 さらに、「スタートアップが開発リスクを負ってフェーズを進めるほど、大学への分配率は下がる」というスライド制(step down)を導入することもあります。
- 事例1:Cornell大学 FastTrack License
- 原則25%ですが、「承認・認証(Approval)」取得後は15%に減額されます。
- FastTrack for Medical Device and Selected Life Science Technology - Center For Technology Licensing
- 事例2:Yale大学 Yale Startup License
- 当初は20%ですが、「4年経過後」は10%に減額されます。
- Yale Startup Licenses | Yale Ventures
- 日本の大学での還元に関する規定等
- 九州大学
- 創業初期のベンチャーに対し、ライセンス対価(一時金・実施料)を減免・猶予する方針をガイドライン化しています。https://airimaq.kyushu-u.ac.jp/_cms_dir/uploads/2022/08/venture_guideline.pdf
- 京都大学
- 現金での支払いが困難な場合など、「株式(新株予約権)」で支払うことを認める規程を整備しています。京都大学におけるライセンス等の対価として取得する株式等取扱規程
- 九州大学
ライセンスに係る取り決めはSUの生命線でもあります。交渉前からライフサイエンス領域でのライセンシングに詳しい弁護士に入ってもらうことをお勧めします。